地下水・湧水の年齢解明

地下水年代(地下水の滞留時間)推定の意義

 目に見えない地下水の年代(滞留時間)を測定することは、地下水の涵養-流動ー流出までの一連の時間軸を定めることが可能となり、適切な地下水管理に大きな役割を果たします。地域の地下水資源量の定量化や、地下水流動システムの解明、汚染の将来予測など、様々な応用が可能となります。

 例えば、ある流域における水循環系を定量的に評価するための方法として、涵養量や蒸発散量、流出量を推定することで水収支を求めるやり方が一般的だと思います。もし湧出する地下水の年齢が分かれば、流域の水循環速度を求めることができ、推定されていた水収支の妥当性の評価にも繋がります。

 また、ある地域で地下水汚染が発生した際に、汚染源を突き止めて汚染を止めたとしても、いったん地下水流動系に混入した汚染物質は流動に従って地下水中を移動し続けます。しかし、地下水年代が分かれば、その汚染がいつまで続くのか?、汚染防止対策の効果がいつ頃顕在化するか?など、より効果的な将来予測が可能になるものと思います。

地下水の年齢は何歳?

 世界の地下水の平均年齢は600歳と考えられています。これは、世界の全地下水貯留量(8,200,000km3)が地下水循環量(14,000 km3/年)で入れ替わるとした場合に、どのくらいの時間がかかるかを計算した結果から求められました。つまり、全地下水貯留量÷地下水循環量=約600歳ということです。ですが、これは全地球規模での平均的な年齢です。日本は降水量が多く、地形が急勾配であるため、相対的に若い年齢の水が多いと考えれれております。あなたの町や近くの山にある湧き水の年齢は、何歳くらいだと思いますか?

世界の地下水年代の研究例

 これまで世界各地で行われてきた地下水の年齢推定の研究の結果、年齢は地質条件や地下水の存在形態によって大きく異なっていることが分かりました。例えば黒部川扇状地の砂丘の地下水は0.14年と非常に短く、一方で、東京湾岸の深層地下水の年齢は2,000年以上とかなり長いことが報告されています。しかし、世界にはさらに高年齢の地下水も多く存在し、オーストラリアの大鑽井盆地の地下水には、なんと110万年以上と推定される古いものもあります。
 地下水には、何万年も前に降った水を起源とするものもあり、はるか昔に降った雨が溜まった地下水とは、いわば非常に「高齢」と言うことができ、その意味では石油と同様に、1回限りしか使えない資源です。これは、地下水の利用や保全を考えるうえで、非常に重要な視点です。
 私は現在の長崎大学に着任する前まで、熊本大学において熊本地域の地下水年齢についても研究を進めていました(現在も引き続き調査中です)。その結果、どうやら数年~数十年程度という短いスケールで循環していることが分かってきました。このことは、熊本の水が比較的早く新しい水と入れ替わっており、オーストラリア大鑽井盆地の高齢の地下水とは異なり、うまく管理すれば持続的に利用できることを意味しています。一方で、一度汚染されてしまうと、すぐに汚染が顕在化してしまう危険性もはらんでいます。では、地下水の年齢はどのように推定するのでしょうか?

地下水の年齢はどうやって推定するのか?

 地下水の年齢を推定する代表的な方法としては、トレーサー(追跡子)を利用する方法が挙げられます。トレーサーとは、水中に溶存し、水とともに挙動するような物質です。具体的には、水温、安定同位体、放射性同位体、溶存ガス等があります。
 身近なもので、簡単にトレーサーとなり得る「水温」を用いる方法をご紹介します。ある観測ポイントで地下水の温度を常時観測しておき、そのポイントの上流側に付近の地下水温とは著しく異なる温度の水を浸透させます。浸透させた時間をメモしておき、その時間と観測ポイントで温度変化が検出された時点の時間を差し引くと、(正確には、流動モデルや拡散係数等を考慮する必要がありますが)年齢を推定することができます。ただし、これは極めて若い年齢にのみ適用可能で、より年齢が古くなる場合、当初の水温を保持できなくなり、温度変化を検出できないおそれがあります。この「水温」を用いた具体的な研究事例として、江川の湧水(徳島県)の異常水温を研究対象地域としたものがあります(新井・佐倉,1980;新井・横畠,1990;島野・永井,1995など)。一例を図1に示していますが、このように水温を継続的に測定することで、季節による水温の位相のズレから年齢を推定することができます。さらに水質や水位、電気伝導度なども調べることで、より詳細な解析が可能となります。

図1:江川の湧水の水温・水質組成等の変移
(島野・永井(1995)より)

 

 放射性同位体を用いる際のトレーサー物質としては、トリチウム(3H)、炭素14(14C)、塩素36(36Cl)が挙げられます。これらは、天然に存在する放射性物質の放射壊変による濃度減少を用いて推定する方法です。例えば、トリチウムは放射性の同位体であるため、その濃度は12.4年で半減します(半減期)。天然の水中のトリチウム濃度は約5T.U.(T.U.はTritium Unitで、トリチウム濃度の単位である)程度であります。しかし、1954年~1963年に米・ソによる大気圏での水爆実験によって、世界の降水中のトリチウム濃度は約2桁増加しました。これ以降、大気圏での核実験は禁止されたため、半減期12.4年で濃度は半分に減少します。この特性を利用すると、1960年頃にトリチウム濃度のピークがあり、年を追うごとに徐々にトリチウム濃度が減少するため、測定対象とした地下水に高いトリチウム濃度を検出した場合、1960年頃に涵養された地下水であるとの推測ができます。

 この方法を用いると、年齢だけでなく、降水が地中を浸透していく速度も求めることができます(例として図2)。この「トリチウム」を用いた具体的な研究事例として、火山灰性の台地(相模原台地)で行われた研究があります(Shimada,1988;榧根ほか,1980)。ただし、現在はトリチウム濃度が天然レベルにまで低下しているため、この方法の適用は困難です。

図2:土壌中のトリチウムプロファイルとそれに対応した降水中のトリチウム経時変化
Wood and Sanford (1995)より

 

ページが長くなってきましたので、私が主にトレーサーとして分析している『溶存ガス』について、次ページで説明したいと思います。