溶存ガスを用いた方法(CFCs, SF6, 85Krなど)

地下水年代(年齢)の推定方法の概要

 溶存ガスを用いて推定する際のトレーサー物質としては、CFCs(クロロフルオロカーボン類)やSF6(六フッ化硫黄)、85Kr(クリプトン85)が挙げられます。CFCsを例に考えてみると、CFCsはいわゆるフロンガスのことで、冷蔵庫やエアコンの冷媒など、工業用の用途で人工的に作られた有機化合物です。CFCsは化学的に極めて安定な性質を持っているため、地下水中では基本的に涵養された時の濃度を保存したまま流動します。しかし、オゾン層を破壊することが判明したことから、1989年に発効されたモントリオール議定書により、その使用が規制された結果、図3に示すように、現在では濃度が低下傾向に転じました。

 CFCsを用いた地下水の年齢推定は、測定された地下水中のCFCs濃度から(既知の溶解度と涵養温度の関係(ヘンリーの法則)を用いて)地下水が涵養された時の大気濃度を求め、その値を過去の大気のCFCs濃度曲線と対比することによって得ることができます。つまり、地下水に溶存するCFCs濃度は、いつの時代の大気濃度と等しいか?と判断することで、涵養年を推定し滞留時間を求めます。例を図3に示します。ここでは4地点の湧水試料のCFCs濃度を測定し、いつ涵養したのかを推定しています。この「CFCs」と前述したトリチウムを用いて年齢を推定した具体的な事例として、阿蘇カルデラ内の湧水で行われた研究などがあります(利部ほか,2011)。例えば白川水源では約35年の年齢を有することが判明しました。

 このように、いくつか地下水の年齢を推定する方法が存在していますが、いずれも研究機関での専用の分析機材が必要となり、簡単には年齢を推定することができません。ただし、当研究室ではガンガン測定することができますので、今後も様々な地域において、地下水・湧水の年代測定を実施したいと思います。

 地下水の年齢を知ることは、水循環構造の全貌を解明するうえで大変重要な要素といえますし、こんこんと湧き続ける湧水を見ていると、一体何年前の雨水が湧き出しているのだろう。。。というロマンを感じずにはいられません。

図3:CFCs大気濃度の経時変化
湧水のCFCs濃度を大気濃度履歴に対比して涵養年代の推定を行っている

 では、具体的にどのトレーサーを選択すれば、より効率的に年代測定が可能となるのか、説明したいと思います。

トレーサーの種類

 これまで世界の多くの研究者により、地下水年齢の推定のために数多くのトレーサーの適用可能性が研究されてきました。以下の表1をご覧ください。Method欄がトレーサーの種類を示しています。
 ここには、「若い地下水」・「古い地下水」・「非常に古い地下水」のそれぞれの年齢を測定することが得意なトレーサーが示されています。

表1:年代トレーサーの種類と提唱年、研究者(国)の一覧表
Kazemi et al. (2006)より

 

ただし、日本のように降水量が多く地形の急峻な地域においては、「若い地下水:young groundwater」が卓越していることが想定されますので、赤で示した上段のトレーサーが有効だと言えます。

 当研究室で測定可能なトレーサーは、CFCs・SF6・85Krです。また、他の研究室や研究所と連携することにより、3H(トリチウム)や3H/3He(トリチウム-ヘリウム)も可能となります。さらに、古い地下水を対象とする14C(炭素14)や、非常に古い地下水を対象とする36Cl(塩素36)などの測定については、他の研究所に外注して測定すれば分析値が得られます。下に示した表2に、若い地下水を対象とする各トレーサーの長所・短所を整理しました。


表2:各トレーサーの長所・短所

 

3Hについては、現在では1960年代に見られた濃度ピークが消えており、詳細な年代推定は難しくなっておりますが、半減期(12.4年)を基にして、
■検出される→比較的若い
■検出されない→古い(半減期を数回経ているため)
といった、大まなか年齢が予測できます。

 CFCs・SF6・85Krについては、3Hが検出されるような若い地下水について、高い時間分解能で年齢測定が可能となります。一方で、各トレーサーには表2に示したような長所・短所があります。主な欠点を挙げると、
■CFCsは都市域や還元域では、うまく年齢推定ができないことがある
■SF6は特定の地域では、うまく年代推定ができないことがある
■85Krは大量の試料水が必要となるため、地点数を稼げない
といったところです。

 しかし、1つの地点でこれらの全トレーサーを適用すれば、それぞれの短所を補いつつ、高い信頼性に基づいて年齢推定が可能となることでしょう!85Krは、国内では当研究室でしか測定できないトレーサーですが、過去の研究成果から、うまく測定できなかった地点がなく、理想的なトレーサーとして使えることが判明しています。一方で、1地点での測定時間が約20時間におよぶため、測定はやや大変になります。その苦労と引き換えに、高精度のデータが得られるので、私は奮闘しております。
※2017年に、熊本地域での85Kr法を適用した論文が公開されました!こちら

 以上、地下水の年齢を推定する方法やトレーサーについて説明しました。ご不明な点や、より詳しく知りたい方は、お気軽にご相談ください!

【参考文献】
・日本地下水学会/井田徹治(2009):『目に見えない巨大水脈 地下水の科学』講談社,267p.
・新井 正・佐倉保夫(1980):最近の江川の異常水温について.ハイドロロジー,10,397-407.
・新井 正・横畠道彦(1990):徳島県江川付近の地下水の温度と流動.地理学評論,63(A),343-355.
・島野安雄・永井 茂(1995):日本水紀行(9)四国地方の名水.地質ニュース,486,45-55.
・Shimada J. (1988):The mechanism of unsaturated flow through a volcanic ash layer under humid climatic conditions. Hydrological Processes, 2, 43-59.
・榧根 勇・田中 正・嶋田 純(1980):環境トリチウムで追跡した関東ローム層中の土壌水の移動.地理学評論,53,225-237.
・日本地下水学会編(2001):『21世紀の地下水管理 雨水浸透・地下水涵養』理工図書,160p.
・Wood, W. W. and W. E. Sanford(1995):Chemical and isotopic methods for quantifying groundwater recharge in a regional, semi-arid environment. Groundwater, 33, 458-468.
・利部 慎・嶋田 純・島野安雄・樋口 覚・野田尚子(2011):阿蘇カルデラ内における地下水の流動機構日本水文科学会誌,第41巻,第1号,1-17.
・Kagabu M, M. Matsunaga, K. Ide, N. Momoshima and J. Shimada (2017) :Groundwater age determination using 85Kr and multiple age tracers (SF6, CFCs, and 3H) to elucidate regional groundwater flow systems.
Journal of Hydrology: Regional Studies, Vol.12, 165-180.